1. はじめに
日本国内の印刷業界は、デジタル化やインターネットの普及に伴う紙媒体の需要減少など、構造的な課題に直面してきました。その中でも封筒印刷業界は、企業間取引(BtoB)だけでなく、官公庁や教育機関、各種団体など、公的な需要が一定数存在することから、比較的安定した需要が見込める分野でもあります。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の拡大や、DX推進によるペーパーレス化の加速など、封筒印刷の需要に影響を与える外部環境の変化も大きくなってきました。
こうした状況下で、生き残りをかけた企業同士の提携や大型化、ノウハウの共有・補完を目的に、M&A(合併・買収)を検討するケースが増えています。封筒印刷業界は比較的ニッチな市場である一方、大手印刷会社が参入を検討する余地もあり、今後さらにM&Aが活発化すると考えられます。
本稿では、封筒印刷業界に焦点を当てつつ、M&Aにおけるメリット・デメリット、具体的な手法や進め方、注意点、さらにM&A後の統合プロセスなどを包括的に解説いたします。封筒印刷業の経営者や、M&Aを検討する投資家、あるいは印刷業界の将来を見通す方々にとって有益な情報を提供できれば幸いです。
2. 封筒印刷業界の概要と現状
2.1 封筒印刷業界の特徴
封筒印刷業は、その名の通り「封筒」を専門的に印刷する業態です。具体的には以下のような特徴を持っています。
- 定型封筒(長形・角形)の大量生産が多い
長形3号、長形4号、角形2号など、決められた規格の封筒を大量生産する案件が主流です。これらは企業や官公庁などで日常的に利用されており、一定の需要が見込めます。 - 企画封筒や特殊印刷への対応
結婚式招待状などで用いられるオリジナルデザイン封筒や、特殊加工を施した封筒、ロゴやブランドイメージを前面に打ち出した封筒など、高付加価値製品の受注も行われます。 - BtoB取引が中心
一般消費者向けに封筒を印刷するケースは限定的であり、大半は法人向けの大量ロット契約がメインです。結果として、企業同士の取引形態が根強く、大口顧客を抱える封筒印刷会社は比較的安定した売上を確保しています。 - 設備投資の規模や専門技術
封筒印刷に適した印刷機や製袋機など、ある程度専門性の高い設備を必要とします。印刷後に封筒の形に製袋する工程や糊付けなど、一般印刷とは異なる特殊技術も存在します。
2.2 業界の現状
- 需要の底堅さと微減傾向
ビジネス用途での郵便物の減少や、請求書・通知書類の電子化によって、封筒の総需要はやや減少傾向にあります。一方で、依然として官公庁・自治体など紙書類が必須とされる分野も多く、極端な減少には至っていないというのが実情です。 - 価格競争の激化
需要が横ばいあるいは微減にとどまる中、業界内での競争は激化しています。大量生産によるコストメリットを追求する企業がある一方、小ロット・短納期・オリジナルデザインなど、付加価値をつけて差別化を図る動きも活発です。 - 設備更新の必要性と投資負担
印刷機や製袋機など、大型設備は老朽化が進むと稼働率の低下や品質トラブルのリスクが高まります。最新設備の導入には多額の投資が必要であり、資金力に乏しい中小企業は設備更新のタイミングで経営判断を迫られています。 - 事業承継の問題
封筒印刷業界も例にもれず、中小企業における後継者不足が深刻化しています。事業承継の道筋が見えない経営者がM&Aの選択肢を模索するケースが増加しています。
以上のように、封筒印刷業界は需要が大幅に落ち込んでいるわけではありませんが、コスト競争の激化や設備投資・事業承継などの課題が山積みであり、その解決策としてM&Aが注目されている状況にあります。
3. 封筒印刷業界におけるM&Aの背景
3.1 業界再編とスケールメリット
封筒印刷業界は、比較的参入障壁が高いとはいえ、すでに印刷業を営む会社が新規参入する可能性はゼロではありません。また、中小事業者が多数存在しており、大手同士の再編によって規模の経済を追求し、コストダウンを図ろうとする動きが増えています。大規模な設備投資を単独で行うのが難しい場合、M&Aを通じて複数の企業が統合し、設備を集約・効率化することで、競争力を維持・強化できるという考え方です。
3.2 事業承継問題
前述のとおり、多くの中小企業経営者が高齢化し、後継者問題に直面しています。後継者不在のまま廃業を選択すると、培ってきた技術や取引先との信頼関係が途絶えてしまうため、社員や取引先に大きな損失をもたらす可能性があります。そのため、M&Aによる外部の企業への譲渡が事業承継の選択肢として注目を集めているのです。
3.3 多角化・経営安定化の狙い
大手印刷会社や周辺業種(パッケージ印刷、紙器メーカーなど)が、封筒印刷を事業ポートフォリオに加えることで、収益源を多角化し、経営を安定させる狙いがあります。封筒印刷は比較的安定した需要があるため、市況が変動しても一定の売上を期待できる点が魅力となっています。また、既存の印刷技術や生産ラインを活用できるケースもあり、新たな設備投資の負担が軽減される可能性もあるでしょう。
3.4 外部環境の変化への対応
DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れや、ペーパーレス化の推進などにより、封筒の需要が長期的に縮小するリスクは否定できません。そのため、複数企業が手を組んで技術開発や新製品(特殊加工封筒、環境対応型封筒など)を行うことで、新たな活路を見出す試みが進んでいます。単独では難しい研究開発投資なども、M&Aによって企業体が大きくなることで資金力を高め、イノベーションを生み出す素地を作ろうとする動きが散見されます。
4. M&Aのメリットとデメリット
4.1 売り手(封筒印刷会社側)のメリット
- 事業承継の解決
後継者不在や高齢化問題を抱える経営者にとって、M&Aはスムーズな事業承継策となります。企業価値を正当に評価してもらえれば、従業員の雇用や取引先との関係を維持しつつ、自らの経営からの引退やセカンドキャリアへの転身が可能になります。 - 設備投資負担の軽減
設備更新が必要なタイミングで、大手企業や投資ファンドの傘下に入ることで、投資負担を軽減できる場合があります。技術開発への対応や最新設備の導入が進むことで、競争力を継続的に維持しやすくなります。 - 大手ネットワークの活用
買い手側が大手企業であれば、既存の取引ネットワークやマーケティングチャネルを活用して、新規顧客の獲得や取引量の拡大が期待できます。
4.2 買い手(参入企業・投資家側)のメリット
- 安定した収益源の確保
封筒印刷業は依然として官公庁や企業での需要が根強く、ある程度安定した売上が見込めます。既存の印刷業とシナジー効果を得られれば、収益性をさらに高められる可能性があります。 - スケールメリットの獲得
封筒印刷事業を複数統合することで生産効率を高め、原材料調達のコストダウン、設備や人材の集約化などのスケールメリットを得ることができます。 - ブランド力・技術力の獲得
長年培ってきた封筒印刷のノウハウや、高いクオリティでの製造技術を買い手側が吸収できる点は大きな強みです。既存の印刷工程との相乗効果を狙いやすくなります。
4.3 デメリット・リスク
- 文化・組織の衝突
買い手と売り手で企業文化や経営方針が大きく異なる場合、従業員のモチベーション低下や離職などの問題が起こり得ます。特に中小企業では経営者のカリスマ性に依存している部分もあるため、トップ交代で混乱を招くリスクがあります。 - 過大評価による投資失敗
バリュエーションを誤って過大に評価し、買収金額が高騰した結果、期待するリターンが得られないケースもあります。特に封筒印刷業は設備や利益率の評価が難しく、買収後に想定外の設備更新費用が発生する可能性があります。 - 需要減少の加速リスク
今後のペーパーレス化などで封筒需要が急速に縮小した場合、投資回収が困難になるリスクがあります。投資ファンドなど短期的なリターンを狙う買い手にとっては、十分な市場分析が不可欠です。
5. 封筒印刷業で活用されるM&A手法の種類
封筒印刷業界のM&Aでは、以下のような手法が一般的に活用されます。
5.1 株式譲渡
最も一般的なM&A手法であり、売り手企業の株式を買い手企業が取得することで、経営権を移転する形態です。株式譲渡であれば、売り手側にとっては法人そのものが存続するため、従業員や取引契約も原則として継続されやすいというメリットがあります。また、事業承継としての利用もしやすく、多くの中小封筒印刷企業がこの形態でのM&Aを選択するケースが多いです。
5.2 事業譲渡
売り手企業の保有する封筒印刷事業の資産・負債・契約関係などを包括的に譲渡する手法です。株式譲渡と比べ、買い手側が引き継ぐ範囲を限定しやすい反面、取引先との契約更新手続きなど、手続き面で煩雑になるケースもあります。事業譲渡後、売り手企業が残存して別事業を継続する場合や、清算・解散する場合もあります。
5.3 合併(吸収合併・新設合併)
売り手企業と買い手企業が一つの法人に統合されるのが合併です。吸収合併では、存続会社が消滅会社を吸収し、消滅会社の権利義務を包括承継します。新設合併の場合は、双方の企業を消滅させて新法人を設立する手法ですが、封筒印刷業界のM&Aでは比較的稀です。合併はブランド統合がスムーズである一方、消滅会社の従業員や顧客との調整で混乱が生じる可能性があります。
5.4 第三者割当増資・資本参加
買い手企業や投資ファンドが売り手企業に対して第三者割当増資を引き受ける形で資本参加し、経営権を握る方法です。既存株主との割合調整によっては買収後も売り手の経営者が一定の株式を保有し続けるケースもあります。そのため、段階的な経営移管を行いたい場合や、売り手側のノウハウを活かして買い手が徐々に影響力を高めたい場合に選択されることがあります。
6. M&A実行のプロセス概要
封筒印刷業に限った話ではありませんが、一般的にM&Aは以下のプロセスで進められます。
- 戦略立案・検討フェーズ
- 目的や方針を明確化
- 売り手・買い手の候補企業のリストアップ
- アプローチ・交渉フェーズ
- ノンネームシート(概要書)やノンディスクロージャー契約(NDA)の締結
- 初期的な価格観や条件の提示
- デューデリジェンス(DD)フェーズ
- 財務・税務・法務・ビジネス面など、多角的な調査
- 企業価値の算定とリスク評価
- 最終契約・クロージングフェーズ
- 株式譲渡契約や事業譲渡契約など最終契約の締結
- 対価の受け渡しや株式・資産の移転
- 関係当局への届出や許可取得
- PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)フェーズ
- 組織やシステム、ブランドの統合
- 従業員のモチベーション管理、取引先への説明など
封筒印刷業界においても、この流れに沿ってM&Aは進められます。ただし、技術面や生産ラインの独自性、取引先との長期契約関係など業界特有の要素があるため、デューデリジェンスではそれらの点を重点的に確認することが重要です。
7. デューデリジェンス(DD)の重要性と留意点
M&Aを実行する上で、デューデリジェンスは投資判断の根幹を支える非常に重要なプロセスです。封筒印刷業界ならではの留意点を中心に解説します。
7.1 財務・税務デューデリジェンス
- 売上構成と安定性
顧客別の売上構成を分析し、特定の大口顧客に依存していないかを確認します。もし大口顧客一社への依存度が高い場合、その顧客が離脱した際の影響は大きくなります。 - 原価と利益率の把握
原材料(紙・インキ・封筒製袋用資材など)コストや人件費、設備リース費用などを精査し、利益率を正しく把握することが重要です。封筒印刷はロット数や印刷仕様、製袋工程によって原価が変動しやすいため、正確な原価管理体制の有無を確認しましょう。 - 過去の設備投資と減価償却状況
封筒印刷業は設備投資のサイクルが比較的長いですが、老朽化した設備を放置していると品質や生産効率が低下します。減価償却の進捗状況を踏まえ、将来的に大きな投資が必要となるリスクを評価することが不可欠です。
7.2 法務デューデリジェンス
- 取引先との契約内容
大口顧客との長期契約の有無や、下請法・下請契約の遵守状況、商標権や特許などの知的財産権の取り扱いを確認します。印刷業特有のデザインや顧客データの機密保持契約など、遵守すべき法的事項が多岐にわたります。 - 労務・人事面のリスク
中小封筒印刷企業では、従業員の雇用形態や残業代支払などについて適切な対応が取られていないケースも少なくありません。未払い残業代や社会保険の加入漏れなどが見つかると、将来的に大きなリスクに発展する可能性があります。
7.3 ビジネス・技術デューデリジェンス
- 生産ラインの稼働率と技術水準
主力となる印刷機や製袋機の稼働率がどの程度あるのかを把握し、余力や生産キャパシティを評価します。また、エンボス加工や箔押し、フルカラー印刷など特殊印刷の技術レベルを確認し、差別化要因がどれほどあるか検討します。 - 環境規制やSDGsへの対応状況
印刷業界では、環境負荷やSDGsへの取り組みがビジネスの評価に影響を与えるケースが増えています。特に封筒印刷では、紙の調達先や廃棄物処理プロセスなどが注目されるため、ESG投資を意識する買い手は必ず確認すべきポイントです。
以上のように、デューデリジェンスでは財務・税務、法務、ビジネス・技術など多角的な観点でリスクと潜在価値を評価し、買収金額の妥当性を検証していきます。
8. バリュエーション(企業価値評価)の視点
8.1 収益還元法(DCF法など)
封筒印刷会社の将来キャッシュフローを予測し、割引率を適用して現在価値を算定する手法です。印刷業の市場環境や会社の競争力、将来の設備投資計画などを考慮しながら、複数のシナリオを立てるのが一般的です。ただし、封筒需要の先行きに不透明感がある場合は、シナリオごとに収益が大きく変動するリスクがあるため、慎重な設定が求められます。
8.2 マルチプル法(類似会社比較法など)
上場企業や同業他社のM&A事例など、株価収益率(PER)や企業価値倍率(EV/EBITDA)といった指標を参考に、売り手企業の価値を推定する方法です。ただし、封筒印刷業は上場企業が少ないため、単純に類似会社を見つけるのが難しい場合もあります。周辺業種(一般印刷、パッケージ印刷など)を参考にするケースが多いでしょう。
8.3 純資産ベースの評価
封筒印刷会社が保有する不動産や設備など有形資産、商標権など無形資産を評価し、純資産価値をベースに査定する手法です。設備の簿価と時価の差や、遊休資産の有無などを精査し、適正な修正を行う必要があります。しかし、純資産評価だけでは将来収益力を評価できないため、あくまでも補助的な位置づけとなるでしょう。
9. 契約条件の設定と交渉のポイント
9.1 対価の種類と支払方法
封筒印刷会社のM&Aにおいては、以下のような対価の種類が検討されます。
- 現金対価
最もシンプルな形態で、株式や事業の譲渡対価として現金を支払う方法です。売り手としては一度に資金を得られ、買い手としても所有権や経営権をスムーズに取得できます。 - 株式交換・株式交付
非上場企業同士のM&Aでは活用が限定的ですが、買い手企業が上場企業や大手企業である場合、対価として買い手企業の株式を交付するケースもあります。 - アーンアウト(Earn-out)
クロージング後、売り手企業の業績が一定の目標を達成した場合に追加対価を支払う仕組みです。業績連動型の支払形態となるため、売り手・買い手双方にメリットがありますが、実際の運用にあたっては業績目標の設定方法などでトラブルのリスクもあります。
9.2 レップ&ワランティ(表明保証)の設定
売り手企業が財務状況や法的リスクについて一定の表明・保証を行い、契約違反があった場合には損害賠償や買収価格の調整などが行われる仕組みです。封筒印刷業界では、以下のような点が特に注意されます。
- 主要顧客との取引条件や契約の継続性
- 設備の稼働状況や重大な故障履歴の有無
- 環境規制や労働法令の違反の有無
9.3 従業員や主要取引先との調整
封筒印刷会社のM&Aでは、買い手が最大限にシナジー効果を発揮するためには、従業員の協力と主要取引先の継続的な取引が欠かせません。そのため、売り手と買い手が協働して、従業員への説明や取引先への根回しを十分に行う必要があります。時には、経営トップが取引先のキーマンを訪問し、M&A後のビジョンや契約条件を丁寧に説明することで信頼関係を維持・強化することが重要です。
10. ポストM&A統合のポイント(PMI)
M&Aの成功は、クロージングで終わりではなく、その後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)にかかっています。封筒印刷業界のPMIにおいて、特に注意すべき点を挙げます。
10.1 組織体制の再構築
- 重複部署や管理層の整理
買い手と売り手で同じ機能を持つ部署がある場合、組織の重複が発生します。スリム化や効率化を検討する一方で、人員の適正配置を行い、経験豊富な社員を適切なポジションに登用することが重要です。 - 社内コミュニケーションの円滑化
M&Aによる急激な組織変化は、従業員の不安を招きやすいものです。定期的なタウンホールミーティングや個別面談などを通じて、経営トップがビジョンや方針を丁寧に伝えることで、組織の一体感を醸成します。
10.2 生産ライン・設備の統合
- 設備配置の最適化
買い手企業が複数の印刷工場を保有している場合、封筒印刷工場との地理的・物流的な統合を検討します。設備の相互補完が図れるように配置を見直し、機械の稼働率を高めることが利益拡大のポイントとなります。 - 品質管理体制の統一
封筒印刷では微妙な色合いや形状精度が求められる場合もあります。買い手側の品質管理基準やマニュアルに合わせるのか、売り手側のノウハウを取り入れるのか、方針を明確にして統一化を図りましょう。
10.3 ブランド・営業戦略の統一
- ブランド統合の検討
買い手企業が有名なブランドを保有している場合、封筒印刷事業も同じブランド名で展開するのか、あるいは売り手企業のブランドを残すのかを検討する必要があります。顧客の認知度や信用力を最大化する方法を選択しましょう。 - クロスセル・アップセル施策
既存の取引先に封筒印刷以外の印刷サービスを提供する、あるいは封筒印刷で築いた取引先に他の製品・サービスを提案することで売上拡大を目指すことができます。売り手・買い手の営業組織間で情報共有を活発化させ、顧客ニーズを掘り起こす取り組みが重要です。
11. 封筒印刷業界特有のリスクと対応策
11.1 紙・原材料価格の変動リスク
封筒印刷には紙が欠かせませんが、紙の価格は為替やパルプ相場、物流コストなどに左右されやすいです。大口顧客との契約において原材料価格変動をどのように転嫁できるのか、また在庫管理をどう最適化するのかが鍵となります。M&Aにおいては、このリスクをどの程度吸収できるかを事前に確認しましょう。
11.2 突発的な需要減少リスク
郵便料金の値上げ、電子化の進展など、封筒使用量を左右する外部要因が存在します。大規模イベントや施策(例:行政手続きのオンライン化など)が一気に進むと、需要が急減する可能性があります。ポートフォリオの分散や付加価値の高い特殊印刷へのシフトなど、柔軟な事業展開が求められます。
11.3 人材不足・技能継承リスク
印刷オペレーターや製袋技術者など、現場での技能が欠かせない業界ですが、若手の確保が難しくなっています。M&A後は組織再編による人員整理だけでなく、ベテラン社員の技能をどのように引き継ぎ、若手を育成するかが将来の成長に直結します。早期離職を防ぐための労働環境整備や、キャリアパス設計が重要です。
12. 具体的な事例研究
ここでは、封筒印刷会社のM&Aに関する事例を、実在企業名を伏せつつ仮想要素を含めてご紹介します。
12.1 大手印刷会社による中堅封筒印刷企業の買収例
- 背景
大手印刷会社A社は、近年のデジタル印刷やパッケージ印刷への投資を強化する一方、封筒印刷分野のノウハウを社内に取り込むことでワンストップサービスを実現しようと考えました。一方、中堅封筒印刷企業B社は、設備の老朽化と事業承継の問題を抱えており、M&Aを模索していました。 - M&Aの内容
A社がB社の全株式を取得する形での株式譲渡となりました。B社は地方に複数工場を持ち、官公庁向けの安定した契約を保有していたため、企業価値評価でも高めに算定されました。 - PMIのポイント
A社はB社のブランドや営業組織は当面維持し、既存の取引先との関係性を重視しました。一方で設備投資に関してはA社の資金力を活かし、最新式の封筒製袋機を導入。これにより生産効率が向上し、B社の利益率も改善。結果的にA社の印刷事業全体でのシナジーが生まれた事例となりました。
12.2 地域密着型封筒印刷会社同士の統合例
- 背景
地方都市で封筒印刷を専門としてきたC社とD社は、それぞれ規模が小さく、近年の資材コスト上昇への対応に苦慮していました。両社とも経営者が高齢で、後継者不在という状況でした。 - M&Aの内容
C社とD社が新設合併でE社を設立し、双方の設備と人材を統合。統合後は単一ブランドの封筒印刷企業として営業を開始しました。新設合併の形を取ったため、旧社名での取引実績をどの程度引き継げるかが焦点となりましたが、取引先には統合前から周知徹底を行うことで、顧客離れを最小限に抑えることに成功しました。 - 結果
E社は統合による生産効率の向上と固定費の削減を実現し、共同で新工場を建設して最新の印刷機を導入。地方公共団体など大口顧客からの受注を安定的に獲得し、地域に根ざした印刷企業として成長を継続することができました。
13. M&Aを成功に導くためのアドバイザー・専門家の役割
13.1 M&A仲介会社・FA(ファイナンシャルアドバイザー)
封筒印刷業界に特化したM&A仲介会社や、印刷業界全般をカバーするアドバイザーが存在します。業界動向や特有のバリュエーション手法に精通しているアドバイザーであれば、売り手・買い手双方のニーズを的確に把握し、スムーズな交渉や条件調整をサポートしてくれます。
13.2 税理士・会計士・弁護士
- 税理士・会計士
財務・税務DDや株価算定などにおいて、専門家の知見が不可欠です。特に封筒印刷業の在庫評価や設備評価の特殊性に精通した税理士・会計士がいるかどうかで、M&Aのスピードと正確性が大きく変わります。 - 弁護士
契約書の作成や法務DDなどで、適切なリスクヘッジを行うために弁護士の存在は欠かせません。印刷業特有の契約(著作権やデザインの権利など)に関する知識がある弁護士が理想的です。
13.3 コンサルタント・PMI専門家
ポストM&A統合の成功可否は企業価値を左右するため、PMIに特化したコンサルタントがサポートする例も増えています。組織・人事制度の統合や、業務プロセス改革、ITシステムの統合など、幅広い分野でのサポートが求められるため、印刷業の業務フローに理解を持った専門家の関与が効果的です。
14. 今後の展望とまとめ
封筒印刷業界は、ペーパーレス化やデジタル化の進展により長期的な需要減少のリスクがあるとはいえ、官公庁や企業など一定の需要が根強く残っています。また、新たな価値創造の余地も少なくありません。特に以下の観点から、M&Aを通じた業界再編は今後も進んでいくと考えられます。
- 設備投資負担を共有し、最新技術を導入する
単独では難しい多額の設備投資を、大手企業や投資ファンドとの提携によって実現し、生産効率や品質を大幅に向上させることができます。 - 付加価値封筒やカスタマイズ印刷へのシフト
紙媒体が減少する中でも、より高付加価値な封筒印刷(特殊加工、デザイナーコラボ、エコロジー製品など)の需要は一定の伸びが期待されます。M&Aで規模を拡大した企業ほど、新分野への開発投資を積極的に行いやすくなるでしょう。 - 周辺印刷分野とのワンストップサービス
一般印刷やパッケージ印刷、ラベル印刷などとの連携を深めることで、顧客企業へのトータルサービスを提供できるようになり、新規顧客獲得や売上拡大につながります。M&Aがその足掛かりとなるケースが増えると見られます。
最後に、封筒印刷業界でのM&Aを検討する際には、以下のポイントをしっかり押さえることが重要です。
- 正確な企業価値評価とリスク分析
封筒印刷の需要動向や設備投資リスクなど、業界特有の要因を考慮したうえで適切な企業価値評価を行いましょう。 - 文化・組織のマッチングとPMI計画
M&A後の統合がスムーズに進むよう、事前に組織文化や経営理念、従業員のモチベーションなどを慎重に確認し、PMI計画を練り込みましょう。 - 専門家の活用
M&A仲介やファイナンシャルアドバイザー、会計士、弁護士、PMIコンサルタントなど、専門家の力を適切に借りることで、M&Aの成功確率が高まります。
封筒印刷業界において、M&Aは事業承継や設備投資、事業拡大など、多様な経営課題を解決する有力な手段となっています。一方で、業界全体が縮小傾向にあることを踏まえれば、単なるスケールメリットの追求だけでなく、差別化戦略や新たな付加価値創造に向けた取り組みが不可欠です。買い手・売り手双方がWin-Winの関係を築き、従業員や顧客にとっても持続的な成長をもたらすM&Aを実現するために、入念な準備と戦略立案が求められます。
以上、封筒印刷業界におけるM&Aに関する概説でした。需要動向や各社の経営状況、専門家の助言など、さまざまな要素を総合的に勘案しながら、自社にとって最適なM&Aスキームを見出していただければ幸いです。いずれにせよ、この変化の時代を生き抜くための選択肢として、M&Aを前向きに検討することは十分に意義があるといえます。